全く違う世界に足を踏み入れたような、不思議な感覚があった。訪れたのは、山口県長門市の山間にある俵山温泉。今から約1000年前に発見されたという歴史ある温泉だ。平日の昼間に着いたため、観光客の姿はほぼなく、地元住民の姿がわずかにあっただけだった。鳥のさえずりがはっきり聞こえるほど静かで物音はなく、自分の足音だけが聞こえてくる。
俵山温泉には29棟の宿がある。ただ、入浴は、温泉街にある外湯「町の湯」や「白猿の湯」を使うようになっているという。私が入ったのは「町の湯」で、浴槽には先客の地元住民が2人ほど。湯に浸かると、ここで生活している人の暮らしに溶け込んだような、現実離れした感覚があった。ただただ、ゆっくりと時間が流れていった。
待合室には、温泉水が無料で提供されている。飲んでみると、生暖かく、かすかに温泉の味がする。ポカポカと温かいまま外へ出る。スーッと通りの抜ける風が心地よい。江戸時代から続くという老舗旅館もある街を歩く。当時の時代がそのまま止まってしまっているかのような錯覚も起こす。風呂上がり、なんだか違う世界に迷い込んでいたような、不思議な気持ちになった。
非日常の世界から現実へ。後部座席には空席のチャイルドシート。帰りの車内で一人運転しながら、慌ただしくも穏やかな現実へ戻る。束の間の平日休みが溶けていった。